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2007年2月12日 (月)

異文化交流

2月11日付天声人語、中村吉広著「チベット語になった坊ちゃん

(山と渓谷社)」が面白かった。冒頭の「親譲りの無鉄砲で・・・」は

「父母の慎重さを欠く気質を受け継いでいたので」と訳される。

難題は次々に訪れる。「赤ふんどし」「茶代」「猫の額のような

町内」・・・なるほど、同じアジアながら、明治日本とチベットはだいぶ

違うようだ。漱石先生も、和洋文化の狭間で胃痛になったのだった。

 講談師の神田山陽が、イタリアで講談を演じたという話がある。

石川五右衛門は、イタリアでもおなじみだった。ルパン3世の相棒

だからだ。ところが「峰打ち」が理解出来ない。ローマ帝国から

ペルシャ、中国、韓国と、古代より剣は両刃だからだ。

しかも峰打ちは「武士の情け」なのである。もういけない。

 日本の常識は世界の非常識。その典型例が「花見」である。

諸外国において、公園で酒を飲むなど言語道断だからだ。

「けっ、だからなんだってんだい!!」 と、暖冬で梅が咲いたニュースを

聞く亀松であった。

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コメント

日本における庭園は、飲食物持参で行楽に行く場所だったようで、花見というのも実に正しい伝統なんでしょうね。


瑞閏さん>平安貴族も曲水の宴で楽しんでいた
わけだし、秀吉の花見は有名だし、王子の
飛鳥山に桜植えたの、8代将軍吉宗だし・・・
日本人はアウトドアで花を愛でる民族だと
いうことですね(*´∇`*)

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■世の中には「瓢箪から駒」という事が本当に有るものでございます。拙著『チベット語になった「坊っちゃん」』が刊行されて1年4箇月、チベット人学生の一部が日本に留学している事実が判明してから10箇月、そして朝日新聞松山総局主催による松山市の子規記念博物館4階大ホールで講演をしてから8箇月、講演の打ち上げ会などでも「生徒を呼ぼう!」という声は上がっていたのですが、まさか本当に元師弟、総勢6人が松山を訪れるとは思い... [続きを読む]

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