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2007年2月26日 (月)

「線」というのは悩ましい。本来、線というものは自然界に存在

しないからである。にもかかわらず、視覚的表現の世界では、

最重要なのが「線」だからである。

 この「線」に関して、画家で仏師の工藤哲也という御仁が、

次のような事を述べている。

「線を描いてみる。線とは本来、偶然に属するものだ。しかし

意識が働かない線というものはない。長さ・強さ・曲折・始点と

終点・線の量・・・これらは意識の働きによるものだ。線を

描くとは、意識が偶然を発見する驚きであり、偶然が意識を

目覚めさせる知覚の行為である。その営みの中にどれほど

切実で豊かな時間を込める事が出来るかは、芸術家の日常

と手、そして知性に関わっている。」

 人物描写に輪郭線を入れるのか、ぼかすのか死ぬほど悩み、

1本の線を描いては消す焦燥と煩悶。その繰り返しの中から、

線に対する洞察と意識が磨かれてゆく。

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コメント

そうでしたね!
厳しい線の質は、
塗り重ねて面を描く油絵などにはない気がします。
日本画の菱田春草さんなどの朦朧体の画家は、
また違う意味で、
没骨法などで線描を超えようとしていますし。
書も全体像も線のヂィティールにかかっていますね。

雫さん>要するに、自分の表現とは何かという
問いに対する「焦燥と煩悶」ですから、自分
自身の問題として悩ましいわけです(^^;)

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