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2007年1月 5日 (金)

解脱

Imgwlkbits_1_1 ふと亀が呟く・・・話の流れとは言え、

なんだかすごいタイトルだよなぁ・・・

○o。..。o○o。..。o○o。..。o○o。..。o○o。..。o○o。..。o○o。

ヨーガの歴史は、紀元前2000年以前のインダス文明。
モヘンジョ・ダロやハラッパ遺跡の発掘品に、ヨーガを
していると推定される行者の像がある事から、始まりは
それ以前という事になる。
 ヨーガ根本聖典(ヨーガチューダマニ・ウパニシャド)
の成立は5世紀頃で、その冒頭に「ヨーガとは心の働き
を滅する事である」と明記されている。
「そのときには、見る者(真我)は自己本来の状態に
安住する。心が無想の段階にあるときは、真我、すなわち
絶対知の能力は、自己本来の能力に安住する」
と続く。
 初心者が瞑想を始めると、目を閉じてもさまざまな
想念が明滅出没する。これが思考と感情が混在した「心」
である。しかしこの心を離れた所から観察している意識
がある事にも気づく。この意識が思考や感情に染まって
いない「純粋な意識」であり、上記されている「絶対知」
である。そして、この意識によって心(思考・感情)を
観照している状態を「覚醒」と呼んでいる。
 醒めた意識で「心」をただ観ていると、それはやがて
流れ去る雲のように湧いては去り、消滅する。心の去った
青空が無心の虚空である。だがこの虚空は、カラッポと
いうのではない。ここから全てが生まれる、光り輝くもの
で充満(プレロマ)した空である。
 以前、呼吸は「自分(エゴ)」が行っているのではなく、
全体によって行われる「行為」だと紹介した。そして
呼吸に続く渇き・飢え・セックスなどの肉体活動も、精神
活動・美的活動も行為であると。つまり、真の「私」とは、
行為者ではなく、それを観照する「意識」なのだと。
 この「意識」と「思考・感情(心)」の関係性に気づけば、
もはや心が作り出す世界(天国や地獄/輪廻転生・カルマ)
に振り回される事はなくなる。その境地が「解脱」で
ある。解脱はそれほど難しい事ではない。

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コメント

ここ最近のブログを読んでいて昔友達にもらって読んだブタの4コマ漫画ブッタとシッタカブッタを思い出していました。けっこう深い内容だったよなぁ。。
さ、ブログの続きが楽しみです!

YUKIさん>黒豚亭とかシッタカブッダは
亀松亭の良きライバルでござんす(^^;)
10年以上ぶりで、ヨーガ根本聖典を見て
みました。けっこう使える内容なので、少し
連載してみようかと思います(*´∇`*)

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