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2007年1月 8日 (月)

関係性

イエスは自らの死と復活によって「愛」を表現した人。
仏陀は苦の原因を洞察し、輪廻転生を「解脱」した人。
私は2人を、独り瞑想した「無心」の人だと書いた。
でもこれだけでは、何を示唆しているのか、よく
わからないかもしれない。
 要するに2人は、一般人と次元の違う世界の住人だと
言う事である。示唆した言葉を反転させれば、一般人が
どんな世界の住人かがわかる仕掛けになっているのだが、
読者というのは案外無精なものなので、そこまで
考えて「読み込む」のは無理だよねー(^^;)

 一般人は「心」の世界に住む、孤独な人々だと言える。
オーラの泉で、美輪さんや江原さんが「想念の世界」
と表現している、思考+感情の「心」である。
この世界は「関係性」によって成り立っている。孤独と
いうのは、他者を欠いているという感覚であり、関係性
の間に成立するのが「情愛・憎悪」といった感情である。
差別歴然たる、相対世界という事になる。
 仏陀はこの「関係性」が苦の原因だと見切った人だ。
・愛別離苦(愛する人と別れる苦しみ)
・怨憎会苦(憎しみ会う者と共にある苦しみ)
・求不得苦(ぐふとっく/求めて得られぬ苦しみ)
・五蘊盛苦(肉体活動が盛んな様/性欲に振り回され、
 あるいは罪の意識に苛まれる)

 そしてこの関係性は「心」によって生じる。心を
離れた「意識」の次元がある事に目覚めるためには、
「独り」瞑想する必要がある・・・という事なのだが
・・・やっぱり「情愛・憎悪」を離れるってのは、
難しい事なんだよね・・・

俗に「こうしてこうすりゃこうなるものと 知りつつ
 こうしてこうなった」なーんて唄がありまして・・・
ほんに男と女というものは、まあ、なんと申しますか・・
複雑怪奇な関係性の只中を生きる定めなんでござんしょう
かねぇ(^^;)

 ちなみにイエスが表現した「愛」とは、関係性によって
成立するものではなく、存在の質そのもの、宇宙の本質で
ある「生命」そのものという、途方もないものである。
だからこそ「永遠」なのである。文字通り「命がけ」で
それを表現したイエスの真意を理解したら・・・
「泣くぞ!!!!}

 また、独りになった時、はじめて「個性化」が始まる。
それまでは「輪廻転生」という坩堝の中、他者を鏡として
生きる「類型」にすぎないのだ。ユングは個性化の核心
を「セルフ」と呼び、グルジェフは「結晶化」と呼んだ。

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コメント

そうですね(笑)「情愛・憎悪」を離れるっていうのは難しいことですね。ただそれすらも一歩引いて観ている自分の存在の確認。「想念の世界」を離れたら、今度は何の世界とよばれる住人になるのだろう。ちなみに六道輪廻は想念の世界を6つに分けたものですか?

「個性化」「類型」「セルフ」「結晶化」。。。
ふーむ。

YUKIさん>さまざまな状況の中で、怒りや喜び
の感情が湧いてきます。さまざまな思考も湧い
てきます。それを醒めた意識で「ただ観て
いる」のが瞑想の本質です。1日24時間。
確かに六道の想念(思い込み)世界は、何種類
かの「類型」で語れてしまうわけです。

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