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2006年8月 3日 (木)

小沢征爾

沢木耕太郎初期のルポルタージュ「若き実力者たち」

から「小沢征爾」・・・冒頭23歳で無名の小沢が、パリの

ホテルで小林秀雄と出会う。小林は小沢の父・開作と

飲み友達だった。

 開作は歯科医だが、満州国建国の理想に強く惹かれ、

関東軍参謀だった板垣征四郎・石原莞爾と親交があった。

それゆえ彼らから1字ずつもらって「征爾」と名づけたのだった。

 板垣は満州国軍政部最高顧問から平沼内閣陸相となり、

1948年12月23日、東条英機ら6名と共にA級戦犯として

絞首刑になる。石原は東条と対立して昭和16年に予備役に

なり、1949年8月15日、故郷山形で没する。

 小沢征爾が音楽に目覚めたのは、北京の教会で聴いた

賛美歌だったという。戦後50年の1995年、小沢は長崎の

浦上天主堂で、マーラーの交響曲第2番「復活」を指揮した。

原爆投下地点での「復活」は、魂を揺さぶる名演となった。

2006年、病気療養後のコンサートで取り上げた曲も「復活」

だった。

 8月6日ヒロシマ。9日長崎。15日終戦。靖国神社参拝問題。

戦争の月になると、決まって「小沢征爾」という名前を思い出す。

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コメント

今更コメント…(笑

小沢征爾の名前が
「板垣征四郎」「石原莞爾」から取られていたとは。しらんかった。
なんか、見方が変わってしまいそう(大笑

仕事で、ヤクザ風の人物を調べたとき、
兄弟の名前が「亜細亜」と「東亜」だった。
かなり、戦争に毒された親だったのか、
その当時は、普通だったのか?
悩んでしまった。

あの戦争、海軍は太平洋戦争を好み、陸軍は大東亜戦争を好んだという話です。

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