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2006年7月20日 (木)

聖地ベズレー

見てしまった。NHK「フランス縦断の旅/聖地ベズレー」

ここはピレネー山脈を越えて、スペインのサンチャゴ・デ・

コンポステーラ大聖堂へと続く巡礼旅の第1番札所のような

起点だという。パウロ・コリーリョが「星への巡礼」という小説

を書き、黛まどかはスペインの「奥の細道」と称する。おそらく

ベズレーはキリスト教以前、ケルトの聖地だったのだろう。

 またベズレーは、マグダラのマリアが祀られているという。

彼女はイエスがエルサレムの民衆からあらん限りの罵詈雑言

を浴びせかけられ、弟子たちも逃げ出し、十字架を背負って

処刑されるという、どん底の渦中にある男を愛し抜いた女性で

ある。こんなイイ女、めったにいない。私はファンである。

 だがベズレーは、十字軍出発の地だと知り、私の底深い感情

が揺さぶられた。「ピエールをはじめとするガリアの薄汚いブタども」

に対する怒りと憎しみが、ふつふつと湧き上がるのである。歴史上

大量殺戮を指揮・実行した集団なら、ナチスやスターリン、ポルポト

や原爆など、いくらでもあるだろう。だが私の場合、十字軍に対する

無意識の奥底から湧き上がるような悪感情は、ナチスに対するの比

ではないのである。

 むろん現代日本に生まれ育って、普通に暮らしている中で、どこを

探っても十字軍に対する怒りが出てくるわけもない。これは突出した

前世記憶としか解釈出来ない。よほど十字軍に対する怨念を抱えて

いないと、これほどの感情は湧いてこないだろう。

 これほどの感情・・・とは? 第2次大戦後、ベズレーの司祭の呼びかけ

で、平和の為の祈りに人々が十字架を背負い、集まったという。中には

敵として戦ったドイツ人もいたそうだ。彼らは「平和の十字軍」と称した。

十字軍をありがたがる奴らの頭上に原爆を落とし、皆殺しにしてやりたい

という、暴虐の感情である。むろん、どんなに深くても感情だと認識して

いるから、その感情に振り回される事はないのだが。

 私自身のこの感情を見つめていると、対米自爆テロや宗教戦争の残虐さ

もある程度は理解出来る。そしてこの感情に振り回されず、意識でコントロール

する事がいかに容易ならざる事かを思うのであった。

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コメント

宗教戦争、本当に解決が難しいですよね。
「同じ神同士だもん、手を取り合えよ」と大声で言いたいです。
大量虐殺をした十字軍、これはしっかりと認識しておかないとだめですよね。

私の内なる暴力性が戦争の種なのですが、こいつ、イラクでアメリカ兵2000人が死亡した
事に拍手喝采してますから、けっこう手ごわい
です( ̄∪ ̄;)

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